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水戸地方裁判所 昭和47年(レ)13号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 図司道之助

右訴訟代理人弁護士 八木下繁一

同 八木下巽

被控訴人(附帯控訴人) 大久保房子

右訴訟代理人弁護士 糸賀悌治

主文

本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

ただし、原判決主文第二項中「茨城県知事」とあるのは「土浦市農業委員会」と訂正する。

被控訴人(附帯控訴人。以下被控訴人という。)は別紙目録(二)記載の各農地につき、控訴人(附帯被控訴人。以下控訴人という。)から所有権移転を受けるため土浦市農業委員会に対し農地法第三条の規定による許可申請手続をし、右許可のなされたときは、昭和四一年七月の交換を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

控訴及び附帯控訴費用(当審における新請求費用を含む)はこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

(本件控訴として)

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の本訴請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(当審における新請求として)

1 主位的請求

主文第三項同旨

2 予備的請求

被控訴人は別紙目録(二)記載の各農地の共有持分九分の二につき、控訴人から同持分権の移転を受けるため土浦市農業委員会に対し農地法第三条の規定による許可申請手続をし、右許可のなされたときは、昭和四一年七月の交換を原因とする同持分権の移転登記手続をせよ。

(本件附帯控訴に対する答弁として)

本件附帯控訴を棄却する。

ただし、反訴請求の趣旨中「茨城県知事」とあるのは「土浦市農業委員会」と訂正する。

二  被控訴人

(本件控訴に対する答弁として)

本件控訴を棄却する。

(当審における新請求に対する答弁として)

1 本案前の申立

当審における新請求の訴をいずれも却下する。

2 本案についての申立

当審における新請求をいずれも棄却する。

(本件附帯控訴として)

1 反訴に対する本案前の申立

原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

本件反訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

2 反訴に対する本案についての申立

原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

控訴人の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  被控訴人の本訴請求原因

1  別紙目録(一)記載の農地(以下本件土地という。)はもと被控訴人の父大久保武兵衛(以下武兵衛という。)の所有であったところ、被控訴人は、昭和四一年八月一三日武兵衛の死亡によりこれを相続しその所有権を取得した。

2  控訴人は、後記の本訴請求に対する抗弁として主張するように昭和四一年七月から本件土地を控訴人の所有農地との交換により取得したと称し耕作占有している。

3  仮に右のような本件土地の交換の合意が成立したとしても本件土地は農地であるから農地法第三条の規定による許可を得ていない以上、交換契約の効力は生じない。

4  よって、被控訴人は控訴人に対し、所有権に基づき本件土地の明渡を求める。

二  本訴請求原因に対する控訴人の認否

1、2の事実及び3の事実中、本件土地が農地であり農地法第三条の規定による許可を得ていないことは認める。

三  控訴人の本訴抗弁

控訴人は昭和四一年七月被控訴人の父武兵衛との間に、同人所有の本件土地と控訴人所有の別紙目録(二)記載の各農地(以下本件二筆の交換土地という。)とを交換する旨の合意が成立したが、その合意に基づく農地の所有権の移動については農地法所定の許可がなされていないことは被控訴人が主張する通りであり、従って本件土地の所有権は依然として被控訴人に留っているとしても、被控訴人が控訴人に対し本件土地の明渡を請求することは左記の理由により信義誠実の原則に違反し権利濫用に当る。すなわち、

(イ)  前記のように本件土地と本件二筆の交換土地については武兵衛と控訴人間に交換契約が成立したのみならず、本件土地は武兵衛が訴外塚本海治郎(海一郎とあるのは誤記と認める。)に賃貸していたものであり同人はさらにこれを遠藤忠に転貸して小作せしめていたものであるが、武兵衛は前記交換契約の履行準備として農地法第二〇条所定の許可を得て右小作人を離作せしめた上これを控訴人に引渡し、

(ロ)  控訴人もまたこれと交換にもともと訴外富嶋重雄の所有地であった本件二筆の交換土地を昭和四一年七月七日代金四六八万円をもって買受けて武兵衛に引渡し同人も控訴人も共に本件交換契約の履行に着手していたものであり、且つ

(ハ)  同人は本件土地について前記交換契約に基づく農地法第三条所定の農地の移動に関する許可申請および所有権移転登記手続についての協力を約し、同人の印鑑証明書、実印の押捺してある許可申請書等右両手続に必要な所要の書類を控訴人に交付した、

(ニ)  しかるに前記交換契約が未だ農業委員会の許可も得られず未履行の状態にあるのは、契約の一方の当事者である武兵衛が契約後間もなく死亡し同人の死亡後初七日の日に控訴人が安達平を介し本件土地についての農地法第三条所定の農地所有権移動許可申請手続および所有権移転登記手続に協力すべきことを求めたのに対し武兵衛の共同相続人の一人である同人の妻大久保みやは故人の意思どおり実行すると答えたのにかゝわらずその後武兵衛の共同相続人間の協定によって、単独相続人となった被控訴人が前記交換契約について許可申請手続を履めば許可が得られるのに申請手続についての協力を拒絶して故意にこれを怠っているためであって、たとえ控訴人が本件土地を占有耕作するについて確固たる法律上の根拠がないとしても前記の交換契約の成立およびその後の経緯に徴し被控訴人が控訴人に対し本件土地の明渡を求めることは信義に反するものである。

四  本件抗弁に対する被控訴人の認否

本件土地と本件二筆の土地を交換する旨の合意が成立したことは否認する。被控訴人の本件土地明渡請求が信義則違反又は権利濫用であるとの主張については争う。

五  控訴人の反訴請求原因及び当審における新請求原因

1  本訴抗弁の欄で主張したように、控訴人は、昭和四一年七月武兵衛との間に、同人所有の本件土地と控訴人所有の本件二筆の交換土地とを交換する旨合意し、その際武兵衛は、まずもって控訴人所有の本件二筆の交換土地につき農地法第三条の規定による許可を得て自己名義に所有権移転登記手続をすることを約した。

2  ところが、武兵衛は昭和四一年八月一三日死亡し、同人の妻みや、子である興、同馨子、同被控訴人の四名が相続人となったところ、同相続人らの遺産分割の協議によって本件土地は被控訴人が単独で相続することとなり、その結果本件土地に関する本件交換契約上の債権債務もすべて被控訴人が単独で承継するに至った。

3(一)  仮に、本件交換契約による本件二筆の交換土地に対する請求権が被控訴人単独に承継されるものではなく前記四名の相続人に共同相続されるものとしても、被控訴人は少くとも九分の二の持分権を有する。

(二)  ところで、控訴人は本件二筆の交換土地の所有権又は少くとも九分の二の持分権を被控訴人に移転するため、農地法第三条の規定による許可申請手続及び許可のなされたときの移転登記手続をなすべき義務を負担しているところ、被控訴人は本件交換契約の存在を争い右の手続に協力しないため、本件二筆の交換土地の所有名義を被控訴人に移転することができない。したがって、控訴人は、

イ 依然として同土地の公租公課等を負担しなければならない不利益を被り、また

ロ 控訴人と被控訴人の先代武兵衛との間に前記交換契約を締結した際同訴外人において先づ本件二筆の交換土地について農地法第三条所定の農地の移動に関する許可を得てその所有権を取得した後において、本件土地の所有権を控訴人に移転すべき旨の諒解があったことは前段主張の如くである。それは右契約当時武兵衛が耕作に供している土地は本件土地(田九九一平方メートル)以外にはなかったから武兵衛が右契約後農業委員会に対する許可申請前に本件二筆の交換土地(一、〇三一平方メートルおよび一、〇三一平方メートル)を取得して昭和四五年法律第五六号による改正前の農地法第三条第二項第五号所定の三〇アール以上の耕作地を保有し得るような手段をとらない限り、若しまづ本件土地の所有権を控訴人に移転するかまたは本件土地の所有権を右二筆の所有権取得と同時に控訴人に移転すると、被控訴人は右二筆の所有権を取得するに際しては前記農地法第三条第二項第五号所定の耕作面積がある耕作地を保有することができず農地譲受けの無資格者として本件二筆の交換土地の所有権取得について農地法所定の許可を得ることは不可能となり、従って交換の他の一方である控訴人の本件土地の所有権取得も不可能となるという不利益を蒙る。

ハ さらにまた農業委員会において交換契約である以上交換の双方の当事者からその許可の申請がなければ許可しないとの理由で本件土地の控訴人への所有権移転が許可されないおそれもある。

かようにして、被控訴人が本件二筆の交換土地に関する許可申請手続ならびに登記手続についての控訴人の義務履行の提供の受領を拒絶して、右両手続履践についての協力を怠ることは、控訴人に対し右両土地に対する公租公課を不当に負担せしめ且つまた控訴人の本件土地に対する所有権移転請求権の実現を妨げるものであるから、控訴人に対し右両手続について協力すべきことを求めることができる。

4  よって、控訴人は被控訴人に対し、本件交換契約に基づき、主位的に本件二筆の交換土地の所有権につき、予備的にその九分の二の持分権につき、控訴人から移転を受領するため土浦市農業委員会に対し農地法第三条の規定による許可申請手続をし、右許可のなされたときは所有権又は右持分権の移転登記手続をなすことを求めるとともに、本件土地につき控訴人に所有権を移転するため土浦市農業委員会に対し農地法第三条の規定による許可申請手続をし、右許可のなされたときは所有権移転登記手続をなすことを求める。

六  反訴請求原因及び新請求原因に対する被控訴人の認否

1  1の事実は否認する。2の事実中、被控訴人が本件交換契約上の債権債務のすべてを単独で承継したとの点は否認し、その余は認める。3(一)の事実は認める。3(二)の主張は争う。

2  控訴人主張のようにたとえ本件交換契約が存するとしても、武兵衛の相続人らにおいて同契約に基づく債権債務について遺産分割の協議をしていないのであるから、かかる債権債務は相続人である妻みや、長男興、長女馨子、二女被控訴人の四名にそれぞれの相続分に応じて相続されるべきものであり、そして、その場合の該債権債務に関する訴訟は右相続人全員に対してなすべきいわゆる固有必要的共同訴訟と解されるから、被控訴人一人に対する本件各訴は不適法であり却下を免れない。

七  被控訴人の原審ならびに当審における新らたな反訴請求に対する抗弁

1  仮に、本件交換契約がなされ武兵衛において農地法第三条の規定による許可申請手続及び許可のなされたときの所有権移転登記手続をなすことを約していたとしても、同契約上の右手続をなすべき義務は一身専属のものであり、被控訴人に相続されない。けだし、本件交換契約は武兵衛及び控訴人の各所有農地、農業経営能力等を前提として締結されたのであるから、武兵衛と異なった所有農地、農業経営能力をもった被控訴人には相続されないのである。

2  以上の主張が認められないとしても、本件交換契約は不能の停止条件を付した無効の契約というほかない。

すなわち、本件交換契約は、控訴人から武兵衛に対する本件二筆の交換土地の所有権移転、武兵衛から控訴人に対する本件土地の所有権移転とがそれぞれ農地法第三条の規定による許可を停止条件として相関的に結合された契約であるところ、武兵衛は本件交換契約時において全く自作地を保有せず、当時の農地法所定の農地取得資格である三〇アールの自作地を有していなかったし、また被控訴人も現在本件土地のほかに、茨城県土浦市字神明二、四六三番畑五六五平方メートル、同所二、四六四番田三二三平方メートル、同所二、四六二番の一田三六〇平方メートルの三筆の農地を所有しているものの、同三筆の農地はいずれも訴外松崎秀雄に小作させており、本件二筆の交換土地を取得したとしても、農地法第三条第二項第五号所定の耕作の事業に供すべき農地面積の合計が五〇アールに達しないのみならず、被控訴人は老母と二人暮らしの独身女性であって土浦市街の商家の離れ座敷において茶道教師として生活を営んでおり、農業の経験はなく自ら農業に従事する意思もないのであるから、本件二筆の交換土地につき農地法第三条の規定による許可のなされないことは明らかであり、したがって、本件交換契約自体が不能の停止条件を付した契約として無効になるというほかない。

なお、かかる場合の許可不許可は行政庁の決するところであるから、裁判所としては将来行政庁がなすべき処分の結果の如何にかゝわらず、許可申請手続に協力すべき旨だけは命ずべきであると解することは、許可不許可が裁量権の範囲に属しないこと明らかな本件においては正当でない。

八  反訴及び新訴抗弁に対する控訴人の認否

1  1、2の主張はいずれも争う。

2  不能な停止条件を付した無効な交換契約であるとの主張に対し反論するに、農地法第三条所定の農地の譲受資格は、同条の規定による許可申請手続の段階において判断されるべきもので、仮に現在は必要な面積の農地を耕作していないとしても、他に農地を求めて必要な面積を確保することは可能であるから、直ちに農地の譲受が不能であるとはいえないし、また本件交換契約当時の農地法第三条によれば、農地を取得するためには原則として最低三反歩の農地を耕作していることが要件とされていたが、同法施行令第一条第二項によって右最低面積を下回っている場合でも例外的に許可をなしうる場合が認められており、さらに現行の農地法第三条によれば、当該農地取得後に原則として五〇アールに達すればよく、同法施行令第一条の三第二項には五〇アールに達しない場合でも、花き野菜等の栽培で集約的に行なわれる場合、農業委員会の斡旋に基づく農地等の交換により権利を取得する場合、隣接農地等の所有権者が取得しようとする場合などには例外的に許可のなされ得ることが認められており、本件交換契約は許可権者たる土浦市農業委員会の青山長太郎農業委員が同委員会を代表して斡旋したいきさつもあり、してみれば、本件二筆の交換土地につき行政上許可のなされないこと明らかであるとは到底いえない。

将来被控訴人において本件二筆の交換土地につき農地法第三条の規定による許可の得られないことがあるとしても、それは被控訴人の責に帰すべき事由によって控訴人の被控訴人に対する債務が後発的に不能になったものとして、民法第五三六条第二項によって処理すれば足りるものである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  本件土地はもと被控訴人の父武兵衛の所有であったところ、同人が昭和四一年八月一三日死亡し、その相続人である同人の妻みや、長男興、長女馨子、二女被控訴人の四名の遺産分割の協議によって被控訴人が単独で本件土地を相続することになりその所有権を取得したこと、控訴人が昭和四一年七月から本件土地を交換により取得したと称しこれを耕作占有しているが、農地である本件土地につき農地法第三条の規定による農地の移動についての許可を得ていないことは、当事者間に争いのないところである。

二  そこで、まず本件交換契約の存否について判断する。

≪証拠省略≫によれば、本件土地はその東側において控訴人所有地に、北側において土浦市農業協同組合所有地に接しており、不動産業安達平、同長須庄司の仲介により当初右農業協同組合においてその取得を検討していたが、同組合において取得を断念したため、控訴人に取得方の話が持ち込まれるに至ったところ、控訴人は本件土地取得の決意を固めたが、本件土地所有者である武兵衛が本件土地提供の代償として、本件土地より南方に存し、かつ面積の広い代替地を要求していたので、右長須庄司らの仲介により昭和四一年七月七日右条件にかなう富島重雄所有の本件二筆の交換土地を代金四六八万円で買い受け、これと本件土地とを交換することにしたこと、控訴人は昭和四一年七月武兵衛との間に、農地法第三条の規定による許可を条件として、本件二筆の交換土地を直接富島重雄から武兵衛に所有権移転し、本件土地を武兵衛から控訴人に所有権移転する旨を内容とする交換契約を締結したこと、武兵衛は本件土地の引渡のため、当時本件土地を賃借していた塚本海治郎に本件土地付近の田六畝歩を無償譲渡し、同人との間の賃貸借契約を合意解約するとともに、本件土地を転借小作していた遠藤忠にも若干の金員を支払って本件土地から離作させたうえ、控訴人に本件土地を引渡し、引き換えに控訴人から本件二筆の交換土地の引渡を受けていること、その後、控訴人は武兵衛から本件交換契約に基づく本件土地及び本件二筆の交換土地につき農地法第三条の規定による許可申請手続及び武兵衛と塚本海治郎との右賃貸借契約合意解約のための農地法第二〇条の規定による許可申請手続をなすについての必要な書類一切の交付を受け、右許可申請の諸手続に着手しようとしていた矢先武兵衛は死亡したが同人の妻で同人の共同相続人の一人でもある大久保みやも故人である武兵衛の意思通り約束を実行する旨約束し、右農地法第二〇条の規定による許可申請手続はのちに被控訴人においても手続を進めてその許可を得たが、本件土地及び本件二筆の交換土地についての農地移動に関する許可申請手続は共同相続人間の協定によって単独相続人となった被控訴人が本件交換契約の存在を争い該手続に協力することを拒否しているため、いまだ許可の得られていないこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  本訴明渡請求の当否について判断するに、被控訴人が本件土地所有者であり、控訴人が本件土地を占有していることは争いがなく、控訴人と武兵衛間に本件交換契約の締結されたことも前示のとおりこれを認めることができる。

ところで、農地の交換契約は農地の所有権移転の効力発生要件である農地法第三条の規定による許可を法定条件として成立しているものであり、右許可のなされる以前においては相互の交換土地の所有権移転というその本来的効力が生じないことは明らかであるところ、本件において右許可のなされていないことは争いのない事実であるから、本件交換契約の効力はいまだ不確定の状態にあるものというべく、従って本件土地の所有権は未だ控訴人に移転しておらず、かつまた控訴人が本件土地を占有し得べき他の何等の権限をも主張立証しないところであるから、被控訴人は所有者として妨害排除権を行使し、控訴人に対し本件土地の明渡を請求し得るものというべきところ、控訴人は右明渡請求は権利の濫用であると主張するので按ずるに前記交換契約締結に至るまでおよびその後における前段二において認定したような経緯があるにもかかわらず、今遽かにその契約履行としてなされた前記交換農地の相互引渡の趣旨を否定して被控訴人が控訴人に対し本件土地の明渡を求めるのは、いさゝか信義の原則に反すると感ぜられるふしがないとはいえないが、後記認定のように現段階において右交換契約に対する農地法第三条の許可を得ることが全く不可能であるとまでは断定できないとしても、その許可が得られることが確実である等特段の事情がない限りその許可がなされていない段階においては右の相互引渡は農地法の農地移動制度に牴触する違法の引渡しであるから、前段認定の従前の経緯があったからといって、本件土地の明渡を求める請求が権利の濫用にわたると解することはできないものとすべきところ、かゝる特段の事情についてはこれを認め得る何等の証拠もないから結局この点に関する被控訴人の抗弁はその理由がなく、被控訴人の控訴人に対し本件土地の明渡を求める本訴請求は理由がある。

四  次に控訴人の反訴請求及び当審における新請求について判断する。

1  控訴人と武兵衛間に本件交換契約が締結されたことは既に説示したとおりこれを認めることができ、また武兵衛の死亡後その相続人らの間において遺産分割の協議がなされ被控訴人が本件土地を単独で相続することになったことは争いのない事実である。

しかして、かかる農地の交換契約は農地法第三条の規定による許可のないかぎり所有権移転の効力は生じないけれども、該契約がなんらの効力も有しないものではなく、特段の事情のないかぎり、当事者双方は互いに相手方に対し自己の移転すべき農地につき所定の許可申請手続をなすべき義務及び許可のなされたときの所有権移転登記手続をなすべき義務を負担するに至るものと解される。

2  ところで、被控訴人は、右相続人らにおいて本件交換契約に基づく債権債務については遺産分割の協議をしていないのであるから、かゝる債権債務は各相続人らにその相続分に応じて相続されるべきものであり、そして、その場合の該債権債務についての訴訟は相続人全員に対してなすべきいわゆる固有必要的共同訴訟と解されるから、被控訴人一人に対する本件各訴はいずれも不適法である旨主張するので、この点検討するに、まず本件交換契約によって武兵衛の負担した本件土地についての所定の許可申請手続及び許可のなされたときの所有権移転登記手続をなすべき義務は、給付の目的が性質上不可分のものであると解されるから、仮に共同相続されるとしても、相続人らは各自不可分債務者として全部給付の義務を免れないものであり、いわゆる必要的共同訴訟にはあたらないこと勿論であるのみならず、本件においては、≪証拠省略≫によれば、武兵衛の妻みやは武兵衛存命中から本件交換契約の話を聞いていたし、死亡後も安達平から本件交換契約に基づく所定の許可申請手続の続行を求められていたこと、被控訴人も武兵衛死亡後安達平から本件交換契約の経緯等について説明を受けていたこと、相続人らの間において遺産分割の協議の成立したのは、そののちである昭和四二年二月六日になってからであること、の各事実が認められ、これら認定事実からすれば、武兵衛の相続人らにおいて明示的に本件交換契約上の債権債務についての帰属を決してはいないけれども、遺産分割協議の時点までには本件交換契約が存し得ることを十分認識していたものと推認し得るから、本件土地を単独で相続することになった被控訴人が本件交換契約上の債権債務の一切を承継することを黙示的に協定していたものと解するのが相当であり、控訴人は本件においてかかる交換契約上の債権債務の承継を前提に被控訴人に全部義務の履行を訴求しているのであるから、控訴人としても被控訴人等共同相続人間の右合意の効力を承認していたものと認められてしかるべきである。したがって、控訴人の反訴請求及び当審における新請求が被控訴人一人に対してなしているのはむしろ当然のことであり、必要的共同訴訟とならないこと明白であるから、この点の被控訴人の主張は採用のかぎりでない。

3  控訴人は、当審における新請求として、被控訴人に対し同人の取得すべき本件二筆の交換土地につき農地法第三条の規定による許可申請手続及び許可のなされたときの所有権移転登記手続に協力すべきことを求めているのであるが、かかる権利者に対する給付の受領を求める訴が許されるものかどうかについて判断するに、農地の交換契約において、特段の事情のないかぎり、それぞれ相手方に対し自己の移転すべき農地につき所定の許可申請手続をなすべき義務を負担し、許可のなされたときは所有権移転登記手続をなすべき義務を負担していることは既に説示したとおりであるが、さらに自己が取得すべき農地についてもかかる手続に協力すべき義務を負担しているものと解するのが相当である。一般に不動産上の所有権移転登記義務は、登記を真実の権利関係に符合させるために生ずるものであり、当該登記をすることによって登記簿上直接に不利益を受ける者―たとえば売買契約上の売主等―がかかる義務を負担するばかりでなく、当該登記をすることによって登記簿上直接利益を受ける者―たとえば売買契約上の買主等―も相手方の公租公課その他の負担を免れしめるためかかる義務を負担しているものと解されるところ、農地の場合には所定の許可のなされないかぎり所有権移転登記義務は生じないから、直ちに右と同旨に解することはできないけれども、右許可申請を求める請求権は登記請求権を行使するための必要不可欠の前提をなし、これに随伴するものであるから農地の場合にはその所有権取得の前提としての農地法所定の許可申請手続に協力すべき義務をもその許可のなされたときの所有権移転登記手続に協力すべき義務と共に肯認すべきである。

本件においては既に説示した事実関係からして、被控訴人に本件二筆の交換土地につき所定の許可申請手続及び許可のなされれたときの所有権移転登記手続に協力すべき義務があることは明かである。

4  しかるに被控訴人は、本件交換契約上の武兵衛の債務は一身専属のものであり相続されないと主張するが、かかる債務が財産権上のものであること明らかであり、しかも武兵衛個人に固有のものと解さねばならない根拠もないから、相続の対象になるものというべく、この点の被控訴人の主張は独自の見解であって採用できない。

5  また被控訴人は、本件交換契約は武兵衛及び被控訴人とも農地法第三条所定の農地の譲受適格を欠くため許可のなされないことが明らかであるから、不能の停止条件を付した無効な契約であると主張し、≪証拠省略≫によれば、被控訴人主張の事実摘示欄七2の事実(ただし、停止条件とある点を除く。)を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、そもそも農地法第三条に規定する許可は当事者が任意に付し得る停止条件とは異なり、法律が当該法律行為の効力発生要件として付したいわゆる法定条件というべきものであるから、かかる許可という条件自体をとらえて不能の条件と解することはできないのみならず、当審弁論終結時と控訴人がこの点に関する反訴に勝訴判決を得てする農地の移動についての許可申請に対してする許可不許可の処分時との間には時間的な間隔があり、その間に被控訴人の農地譲受けに関する農地法上の資格要件に変化が全くあり得ないとはいえないから、なお流動的なものがあるというべく右の許可の当否決定の時期は当然その許可または不許可の処分をなすべき時であるとすればその時の将来の状況を予測して許可を得ることの能不能を判断することはできないのみならず、元来農業経営に関する能力および意思に関する判断は許可行政庁の裁量に係りまた保有耕作地面積に関する農地法上の制限については農地法施行令第一条の三第二項によって農地譲受人の保有農地面積資格について例外の場合が規定されている。すなわち農地法第三条第二項各号は所定の許可をすることができない事由を具体的に定めており、行政庁としてはこれに反する許可はなし得ないものであるけれども、同項但書において、同項第二号の二、第四号、第五号及び第八号に掲げる場合において政令で定める相当の事由があるときは例外的に許可をなし得ることが認められているのである。そして、同項第五号は当該農地取得後において耕作の事業に供すべき農地の面積の合計が都府県では原則として五〇アールに達することを要件としているが(もっとも、本件交換契約がなされた当時の農地法第三条第二項第五号(昭和四五年法律第五六号による改正前のもの)は現に耕作の事業に供している農地の面積の合計が都府県では原則として三〇アールと定めていた。)同法施行令第二条の三第二項によれば、権利の取得後における耕作の事業が草花等の栽培でその経営が集約的に行なわれるものであると認められること、その権利を取得しようとする者が、農業委員会のあっせんに基づく農地又は採草放牧地の交換によりその権利を取得しようとするものであり、かつその交換の相手方の耕作の事業に供すべき農地の面積の合計又は耕作若しくは養畜の事業に供すべき採草放牧地の面積の合計がその交換による権利の移転の結果法第三条第二項第五号に規定する面積を下ることとならないと認められること、その位置、面積、形状等からみてこれに隣接する農地又は採草放牧地と一体として利用しなければ利用することが困難と認められる農地又は採草放牧地につき、当該隣接する農地又は採草放牧地を所有権に基づいて現に耕作又は養畜の事業に供している者が所有権を取得すること、等のいずれかの事由が認められる場合には、耕作に供すべき農地面積の合計が五〇アールに満たない場合であっても許可のなされ得ることが認められているのである(ただし、その場合の許可は個人がその住所のある市町村の区域内にある農地等の権利を取得する場合でも農業委員会ではなく、同法施行令第一条第二号により都道府県知事がすることになる。)。従って本件二筆の交換土地の移動に関する譲受人の保有農地面積についての資格要件の有無を判断するに当っても許可行政庁の裁量の余地が残されているというべきである。而して農地譲受人の農業経営の意思ないし能力または保有農地面積に関する資格要件についての許可行政庁の判断がなされる以前に裁判所がその許可を得ることの能不能を判断することは裁判所が許可行政庁の処分以前に一種の行政処分を行うことに外ならないのであって司法の機能を逸脱するから、右の許可を受けることは到底不可能であるとして本件交換契約は不能の条件が付せられた無効の契約であるとすることはできない。

三  以上のとおり、被控訴人の所有権に基づく本訴請求、控訴人の本件交換契約に基づく反訴請求はいずれも理由があるので正当として認容すべく、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却することとし、反訴請求の趣旨中「茨城県知事」とあるのは「土浦市農業委員会」と訂正せらるべきであるからこれを主文において明らかにし、控訴人の本件交換契約に基づく当審における新請求も理由があるから、これを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 太田昭雄 武田聿弘)

〈以下省略〉

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